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東村山1丁目 diary

渋谷のIT企業から波佐見焼の会社へ転職!Webディレクション・デザイン・ECなど仕事の話から、食事や映画の感想まで。

かぐや姫○○説(ネタバレ注意!)

かぐや姫の物語を観てきました。
以下に私のとんでも解釈をメモ。

・・・・・・

かぐや姫は、同じ人生を二度生きたのである。

そして一度目は、おそらく自ら命を絶ったのだと思う。

死んだ者たちは、すべからく天上界=月の世界へ迎えられる。天上界は苦しみも悩みも存在しない極楽浄土。
しかし、自殺という罪を犯した姫は、もう一度生を全うすべく、再び地上に降ろされたのである。

そこでかぐや姫は今度こそ幸せをつかめるはずだった。
優しい養父母のもとで、美しく健やかに成長する姫。
しかしやがて父親の出世欲のため人身御供となり、偽物の幸せにまみれることに。

高貴な公達のプロポーズはどれもこれも真実の愛からは程遠い。
鳥や虫や野の花を愛でることもできない。
本当の自分からどんどん遠ざかって行く。
劇中かぐや姫が、かつて慣れ親しんだ山里に似せた庭園を「偽物!偽物!」と言って壊すシーンが印象的。

絶望したかぐや姫の脳裏に、再び禁忌の念が蘇る。

月に帰りたい、つまり、死にたいと思ってしまったのである。


そこで、迎えが来てしまった。

迎えの日は、かつて自ら命を捨てた十五夜の日。

今度こそ成仏しなければならない。
しかし成仏すれば、地上での事はすべて記憶から消える。

姫を帰すまいと、厳戒態勢が敷かれた屋敷。
やがてその上空がぱーっっと明るくなると、場違いに陽気な音楽を奏でながら、仏たちが雲に乗って降りて来た。
そう、降りてきたのは、姫の家族ではなく、仏達だった。
見た目が、どこからどう見ても仏像なのである。

かぐや姫は、意識を失ったように、導かれるまま雲に乗る。
泣きながら、必死の思いで引き止める養父母。
しかし、全ては遅すぎた。

最期に、正気を取り戻したかぐや姫は、まるで自分に言い聞かせるようにこう言い放つ。

「この世は生きるに値する」


そして天の羽衣を身に纏わされたかぐや姫は、月へと帰っていった。


・・・・・・

…というのが私の解釈です。
生きなければならない、それも、自分らしく生きなければ意味がない、自然とともに生きなければならない、死んだように生きてはならない、まして自ら死んではならない、この世は生きるに値するのだから、という、とてもシンプルなメッセージだと受け止めました。

映画としては、残念ながら風立ちぬの方が好きだったなあ。別に比べなくてもいいんだけど。
女の子の描き方、美しさ・幸せの表現が型にはまっているのが残念。
ラストも、もう少し余韻がほしい。

でも、かぐや姫の名付けの祝宴の日に、姫が獣のように全速力で山に逃げ帰るシーンは、凄まじく迫ってくるものがあって、ここだけでも見る価値は十分あると思いました。

はー、いっちょめいっちょめ。