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東村山1丁目 diary

渋谷のIT企業から波佐見焼の会社へ転職!Webディレクション・デザイン・ECなど仕事の話から、食事や映画の感想まで。

『火花』(又吉直樹・著)〜夏休みの読書感想文〜

直木賞は娯楽小説、芥川賞は純文学に与えられる賞、という認識でよかったのだっけ。
直木賞は主にストーリー展開を楽しむものであるのに対し、芥川賞はより<人間の内面>に目を向け、その変化をこれまでにない独自性や工夫を凝らした文体で表現したものと、自分は認識している。
その観点から、『火花』は文句なしに芥川賞にふさわしい作品だと思った。
たとえば以下の部分。

"(神谷の)純真さを、憧憬と嫉妬と僅かな侮辱が入り混じった感情で恐れながら愛するのである。"

"僕は神谷さんを、どこかで人におもねることの出来ない、自分と同種の人間だと思っていたが、そうではなかった。僕は永遠に誰にもおもねることの出来ない人間で、神谷さんは、おもねる器量はあるが、それを選択しない人だったのだ。
両者には絶対的な差があった。"

"僕はただ不器用なだけで、その不器用さえも売り物に出来ないほどの単なる不器用に過ぎなかった。
それを神谷さんの変態性と混同して安心していたのである。
僕が思っていたよりも事態は深刻だったのだ。"

冷静な解剖医のように、自覚困難な領域の深い自意識まですくい出して観察している。

"神谷さんから僕が学んだことは、「自分らしく生きる」という、居酒屋の便所に貼ってあるような単純な言葉の、血の通った激情の実践編だった。"

このあたりの、等身大のまっすぐな言葉遣いにも好感が持てた。

また、物語の前半部分に頻出する主人公と神谷のメールのやり取りが、小ネタとして非常に面白かった。
優しさや気遣いのつもりのメールも、最後は必ず台無しにして笑いの空中分解に誘う。
どんな小さなところにも芸人としての意地と誇りが顔を見せる。
これが芸人魂かと感銘を受けた。

個人的に好きなエピソードは、

1. 散々こけにしたベージュのコーディロイパンツを先輩の部屋で見つけて気まずくなった場面
2. 神谷とその彼女の修羅場で主人公が勃起させられた場面
3. 主人公の漫才コンビの解散ライブ
4. 花火大会で遭遇したしょぼすぎるプロポーズ
5. ボブ・マーリーの「エビシンゴノビーオーライ」をBGMに、神谷が裸で飛び跳ねるラストシーン

の5つ。

他人に慄き憧れ、己の卑小さと世界の圧倒的な無常さに絶望しながらも、全身全霊 ー もとい全裸で立ち向かうしかない。
ラストの入浴シーンではそのようなことを思わされた。

ちなみに、読書中何度か『ラストソング』という映画のことを思い出した。
この映画も、『火花』同様スターを夢見る二人の青年の物語だ。
後輩に才能面で追いつけないとうっすら気づいてしまった本木雅弘が、風呂場でフリチンをしておどけてみせるシーンは、あまりにも痛々しくて正視出来ないほどだった。
あれを観て、もっくんまじすげえと思ったものだった。
『火花』が映画化されたら、神谷役は是非もっくんに演じてほしいと思う。

はー、いっちょめいっちょめ。