disappointment
スマホの電源ボタンを押すと、"disappointment"と表示された。
電源ボタンを押すたびに英単語が表示されるアプリを入れているためだ。
その日は台風11号が日本列島を直撃し、新宿駅のみどりの窓口には、運休になった電車の払い戻しを求める長い列ができていた。
特急あずさ・かいじは明日の朝まで運休。
宿泊予定だった蓼科の温泉旅館にキャンセルの電話を入れ、私は深い溜息をついた。
「あなたの旅行に行きたくないという思いが、天に伝わり台風を引き寄せたのだ。」
失意のあまりとんでもない言いがかりを夫にふっかけたところ、
「わしにはそんな力はない」
と冷静に返された。
お腹が大きくなって動けなくなる前に、なんとしても山奥の貸切露天風呂に入りたい一心で、旅行嫌いの夫を無理やり説得したのは一週間前のこと。
前日に電車の中で読むための本を二冊購入し、普段食べないようなちょっとお高めのデザートもリュックに詰めた。 行き場を失ったそれら背中の荷物たちが、石のように無機質な重さを肩と背中に伝えてくる。
「I'm disappointment.」
そうつぶやくと、
「それを言うなら I'm disappointed. やろうがっ!!」
即座に怒鳴られた。 夫には、台風直撃の元凶にされるよりも、基礎的な英文法を間違える方が許せないらしい。
「じゃあ、disappointment を使った文章作ってみてよ」
「…There is nothing but disappointment.」
なるほど。こっちの方が失望感がすごい。
There is nothing but disappointment.
There is nothing but disappointment.
There is...
なんで小説っぽい文体なのかというと、単に今ちょうど又吉の『火花』を読んでいるからなのでした。